【中学受験の勉強法】農大一中の国語の文章題に学ぶ「子どもの育て方」

東京農大一中の2025年の国語の入試問題の読解問題の2つめの文章に、京大の森口祐介先生の興味深い文章が出題されていました。

森口先生といえば子どもの発達や自己コントロールに関する書籍を複数著しておられる現役の研究者です。

農大一中の国語で取り上げられていたのは、上の画像の「子どもの発達格差」という本の中の一節でした。

著者の森口先生によると、例えば遠足でお弁当を忘れた子がいたときにその子に自分のおかずを1つでも分けて上げられるかどうかは、単に「利他性があるかどうか」の問題ではないと言います。

忘れた子に自分のおかずを分けてあげられる子は、「他人にしてあげたことは、いつか自分に返ってくる」という長期的に視点で物事を考えられる子ども、忘れてきた子を差し置いて自分のお弁当をかきこむ子は「今を生きる視点」しか持ち得ない子だと、問題文の著者は主張します。

思えば、挨拶がきちんとできない子は「挨拶が、いざという時の自分にとってのリスクヘッジになる」というのを忘れています。その意味で長期的視点ができません。大人でも同じです。登山でもすれ違った際に挨拶ができないと、いざ遭難した際に「あのときすれ違ったあの方だ」という形で他人の記憶に残ることがありません。

Aiの社会への浸透で、人間の事務的な作業が奪われる一方で、個人への信頼に基づく仕事はさらに多く発生していると言われています。親にとって、子どもが生きていく上での将来的な不安を減らすためにしてあげられることは、何も難しい勉強ができるようにサポートすることだけではないのかもしれません。